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智者猫の図書
“地名”には、その土地の歴史がある。
ところが、なんて読むんだろう?と首をかしげることもある。
たとえ読める字であっても、読み方が違う場合がある。
“由来”を知ると、その土地を辿ってみたくなる。
大阪に住んでいて、何気なく通り過ごしていたり、聞き流していた街に、あらためて身を置くわけだ。
その“謂れ”を肌で感じたいのだ。
だから、わざわざ遠くへ行かなくても、そこに“街の風景”がある。
中には消えてしまった地名もあるけれど、何らかのかたちで遺してほしいものだ。
ところが、なんて読むんだろう?と首をかしげることもある。
たとえ読める字であっても、読み方が違う場合がある。
“由来”を知ると、その土地を辿ってみたくなる。
大阪に住んでいて、何気なく通り過ごしていたり、聞き流していた街に、あらためて身を置くわけだ。
その“謂れ”を肌で感じたいのだ。
だから、わざわざ遠くへ行かなくても、そこに“街の風景”がある。
中には消えてしまった地名もあるけれど、何らかのかたちで遺してほしいものだ。
智者猫処の居候
大阪府下で、充分に旅ができるなぁと思ったりする。
ちょっと“旅の質”が違うかもしれないけれど・・・。
数え歌をしていくと、“一津屋”(ひとつや)という所がある。
地名の由来がもうひとつわからないが、“ニ河原辺”(にがらべ)。
今は埋めたてられた、三明(さんみょう)池(に因んだ“三明町”(さんめいちょう)。
『太平記』で有名な“四条畷”(しじょうなわて)。
山の名に因んだ“五月丘”(さつきがおか)。
“六尾”(むつお)という所が有り、尾根を指していることが想像できる。
河口慧海の生誕地である“七道”(しちどう)がある。
“八戸ノ里”(やえのさと)というところがあり、『八戸』という文字から、古代から家屋が多かったのかなぁと思う。
しかし、ここは河内音頭の“八尾”の方がよかったかな。
いよいよ大詰め、ユニバーサルスタジオがある“西九条”。
ところが最後になって、十三(じゅうそう)にしょうと安易に考えていたら、数字詠みは(じゅうさん)になる。
これではダメだと、やっと見つけたのが、茨木市の“十日市町”であった。
これはキツイ、こじつけたみたいだが、間違いなく、その地名なのである。
しかし、こんな地味な旅をする必要はない。
全国を“飛びまわる旅”ができるのだ。
でもこの表現、誤解をまねきそうだ。
移動手段は鉄道だけなのだ。
それも、80時間と言う制限がつく。
しかも、“十”のつく地名を巡るのだ。
いくら行きたいからって、“十和田湖”なんて選んだらどうなるんだよ。
JRと言っても、バスじゃないか!
こんなことは除外していてほしいものだ。
どんな地名がノミネートされているか知らないけれど、“ルーレット”が決める。
「廻る廻る日本の"十"!」
ちょっと“旅の質”が違うかもしれないけれど・・・。
数え歌をしていくと、“一津屋”(ひとつや)という所がある。
地名の由来がもうひとつわからないが、“ニ河原辺”(にがらべ)。
今は埋めたてられた、三明(さんみょう)池(に因んだ“三明町”(さんめいちょう)。
『太平記』で有名な“四条畷”(しじょうなわて)。
山の名に因んだ“五月丘”(さつきがおか)。
“六尾”(むつお)という所が有り、尾根を指していることが想像できる。
河口慧海の生誕地である“七道”(しちどう)がある。
“八戸ノ里”(やえのさと)というところがあり、『八戸』という文字から、古代から家屋が多かったのかなぁと思う。
しかし、ここは河内音頭の“八尾”の方がよかったかな。
いよいよ大詰め、ユニバーサルスタジオがある“西九条”。
ところが最後になって、十三(じゅうそう)にしょうと安易に考えていたら、数字詠みは(じゅうさん)になる。
これではダメだと、やっと見つけたのが、茨木市の“十日市町”であった。
これはキツイ、こじつけたみたいだが、間違いなく、その地名なのである。
しかし、こんな地味な旅をする必要はない。
全国を“飛びまわる旅”ができるのだ。
でもこの表現、誤解をまねきそうだ。
移動手段は鉄道だけなのだ。
それも、80時間と言う制限がつく。
しかも、“十”のつく地名を巡るのだ。
いくら行きたいからって、“十和田湖”なんて選んだらどうなるんだよ。
JRと言っても、バスじゃないか!
こんなことは除外していてほしいものだ。
どんな地名がノミネートされているか知らないけれど、“ルーレット”が決める。
「廻る廻る日本の"十"!」智者猫の歳時記
智者猫の図書
上田秋成といえば、『雨月物語』。
その幽霊や妖怪は現実の人間と同じく執着にとらわれ、苦悩を引きずる。
しかし、ここで述べたいのは『雨月物語』ではない。
紀貫之の『土佐日記』である。
このことはある意味で衝撃であった。
土佐日記を、上田秋成は『海賊』で表していたのである。
この『海賊』を知り得たのは、“探求”と言う磁力が働いたせいだ。
その磁力に応えてくれたのが、この本である。
その幽霊や妖怪は現実の人間と同じく執着にとらわれ、苦悩を引きずる。
しかし、ここで述べたいのは『雨月物語』ではない。
紀貫之の『土佐日記』である。
このことはある意味で衝撃であった。
土佐日記を、上田秋成は『海賊』で表していたのである。
この『海賊』を知り得たのは、“探求”と言う磁力が働いたせいだ。
その磁力に応えてくれたのが、この本である。
智者猫の歳時記
夏には“麦茶”が冷やされる。
しかし、冬でも麦茶を飲んでいる人がいる。
別に夏の定番でもないわけだが、麦茶と言えば『夏の季語』。
例えば“七夕”、陽暦であれば七月夏、陰暦では八月秋になる。
七月であろうと、八月であろうと、今の日本、蒸し暑さは変わらない。
だから、“涼”を求めた工夫をする。

茶碗には“かじのき葉”の絵柄。
これがどこへ飛ぶかと言うと、みてみて関西へ・・・。
しかし、冬でも麦茶を飲んでいる人がいる。
別に夏の定番でもないわけだが、麦茶と言えば『夏の季語』。
例えば“七夕”、陽暦であれば七月夏、陰暦では八月秋になる。
七月であろうと、八月であろうと、今の日本、蒸し暑さは変わらない。
だから、“涼”を求めた工夫をする。

茶碗には“かじのき葉”の絵柄。
これがどこへ飛ぶかと言うと、みてみて関西へ・・・。
智者猫処の居候
“あこがれの職業”ていわれてもピンと来ない。
“あこがれの仕事”と言うことになると、自分のシナリオが、舞台で演じられたらいいなぁと言う想いはある。
これって、普通の人ができる仕事じゃないよね。
趣味は趣味のままでいいんだ。
“夢”だけは持つことは出来るよ。
若い時の夢を、老いてから成し遂げることだってあるんだよね。
ところで、『COBOL』での実務開発経験がある方っているかな?
わからない方にも説明すると、プログラミング言語の1つなんだ。
こう言う“技術者”ってすごいよね。
自分が財産そのものって感じ。
年齢に関係なくて、仕事が自分のプランでつづけることができるんだ。
縛られることがないから、ライフプランも立てやすい。
定員となり次第、募集は終了と言うことなので、下記に迷わずアタック!
チャンスはあなたのクリックひとつ!
COBOL契約社員の求人情報
“あこがれの仕事”と言うことになると、自分のシナリオが、舞台で演じられたらいいなぁと言う想いはある。
これって、普通の人ができる仕事じゃないよね。
趣味は趣味のままでいいんだ。
“夢”だけは持つことは出来るよ。
若い時の夢を、老いてから成し遂げることだってあるんだよね。
ところで、『COBOL』での実務開発経験がある方っているかな?
わからない方にも説明すると、プログラミング言語の1つなんだ。
こう言う“技術者”ってすごいよね。
自分が財産そのものって感じ。
年齢に関係なくて、仕事が自分のプランでつづけることができるんだ。
縛られることがないから、ライフプランも立てやすい。
定員となり次第、募集は終了と言うことなので、下記に迷わずアタック!
チャンスはあなたのクリックひとつ!
COBOL契約社員の求人情報
智者猫の歳時記
昨日は七夕であった。
局所的には降ったかもしれないけれど、近畿圏では辛うじて、傘をささずに、持ち歩いての“逢瀬”であろうか?
まだ梅雨明け宣言はない。
しかし、大阪の“夏祭り”は始まっている。
6月30日〜7月2日 愛染祭 大阪市・勝鬘院(愛染堂)
7月11、12日 生國魂神社夏祭り 大阪市・生國魂神社
7月11日〜14日 杭全神社夏祭り 大阪市・杭全神社
7月24、25日 天神祭 大阪市・大阪天満宮
7月30日〜8月1日 住吉祭(例大祭) 大阪市・住吉大社
愛染で始まり、天神でクライマックス、そして住吉で終わる大阪の夏祭りである。
その中で、わたしが見たくて目にしていないのは、住吉大社の“渡御祭”である。
与謝野晶子も、『私の生ひ立ち』や『住吉祭』で当時の様子を書き残している。
船渡の神事は、平日に行われるのでその機会がないのである。

この色紙は“祇園祭”である。
これは幼い頃に、祖母に連れられて、何処かの座敷から目にした記憶が微かにある。
局所的には降ったかもしれないけれど、近畿圏では辛うじて、傘をささずに、持ち歩いての“逢瀬”であろうか?
まだ梅雨明け宣言はない。
しかし、大阪の“夏祭り”は始まっている。
6月30日〜7月2日 愛染祭 大阪市・勝鬘院(愛染堂)
7月11、12日 生國魂神社夏祭り 大阪市・生國魂神社
7月11日〜14日 杭全神社夏祭り 大阪市・杭全神社
7月24、25日 天神祭 大阪市・大阪天満宮
7月30日〜8月1日 住吉祭(例大祭) 大阪市・住吉大社
愛染で始まり、天神でクライマックス、そして住吉で終わる大阪の夏祭りである。
その中で、わたしが見たくて目にしていないのは、住吉大社の“渡御祭”である。
与謝野晶子も、『私の生ひ立ち』や『住吉祭』で当時の様子を書き残している。
船渡の神事は、平日に行われるのでその機会がないのである。

この色紙は“祇園祭”である。
これは幼い頃に、祖母に連れられて、何処かの座敷から目にした記憶が微かにある。
智者猫処の居候
智者猫の図書
5月の始めに、熊野街道を駆けぬけたとき、すばらしい藤棚を見た。
それが“野田ふじ”であった。
時の太政大臣西園寺公経(きんつね)は次のように詠んだ。
難波かた野田の細江を見わたせハ藤浪かかる花のうきはし
その場所は、現在の大阪市福島区野田玉川付近である。
かつて、「吉野の桜・野田の藤」ともてはやされていた。
それが“野田ふじ”であった。
時の太政大臣西園寺公経(きんつね)は次のように詠んだ。
難波かた野田の細江を見わたせハ藤浪かかる花のうきはし
その場所は、現在の大阪市福島区野田玉川付近である。
かつて、「吉野の桜・野田の藤」ともてはやされていた。



