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智者猫の私文庫

第5章「ピアノ」が弾きたくなる:実らなかった恋の思い出に【宮本英世『子どもに聴かせたいクラシック100』①エリーゼのために(ベートーベン)】

オルゴール・保留音・BGMと、いたるところで耳にする機会が多いのが、「エリーゼのために」であり、心得なくても弾きたくなる。
というわけでもないが、実際にピアノを習い始めた場合にも、退屈な練習曲から解放されて、最初に弾く曲と言ってもいいかも。

学習者が弾くバイエル練習曲集の最後に、この曲だけが付録として載っているからで、このロンド形式は誰にも知られている。
このエリーゼが誰であったかを知らなくても、青春の1ページには、まだ見ぬ人に恋をしたくなることを思えば、弾きたくなるのだ。

そのエリーゼが大人になって、恋をするようになると、アレンジされた曲『情熱の花』(ザ・ピーナッツ)が歌われるのである。
乙女から少女と言ってもわからないだろうけれど、恋を知らないから弾けても、恋をしたら弾けなくなるかもしれない》

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智者猫処の食客

ノーファンデの肌に、してくれるんだもんね。
それが酵素洗顔の、【パパウォッシュ】だ。

というのも、古い角質をオフにしちゃうんよ。
しかも、保湿成分をバランスよく配合してね。

このWケアで、色ムラもなく、艶肌がアップ!
酵素美容法が、素肌の自信になるかもね。



智者猫の花物語

クチナシの種名の由来のひとつは、身が熟しても避けないため、口が裂けない意味だという説である。
もう一つが、実をナシに見立て、くちばしのような萼の部分を口と呼び、口のあるナシということからだ。

クチナシから「沈黙」という花ことばもあるが、あまりにも幸せすぎて何も言うことはないということでしょうか?
わたしは幸福すぎる】という、美しい表現の花ことばが、生まれたというのですが、その自信にも恥じらい。

クチナシの香りただよう雨の宵 こころ静かに人を待ちおり     鳥海昭子

普通は一重咲きで、八重咲の改良種もありますが、結実するのは一重咲きで、レシピに使用!
花は香りがよく、早春の沈丁花や秋の金木犀と並んで、庭木としても、多く用いられています。

今朝咲きしくちなしの又白きこと    星野立子

智者猫の漢情

久堅乃(ひさかたの)天歸月乎(あまゆくつきを)網尓刺(あみにさし)我大王者(わごおほぎみは)盖尓為有(きぬがさにせり)【万Ⅲ-240】

ひさかた-の 【久方の】:天空に関係のある「天(あま)・(あめ)」「雨」「空」「月」「日」「昼」「雲」「光」などにかかる。
『歸』の字には少なくとも、歸(ギ)・ 歸(キ)・ 歸ぐ(とつぐ)・ 歸る(かえる)・ 歸す(かえす)・ 歸る(おくる)の6種の読み方。

即ち、(ひさかたの)(あまきすつきを)で、「かなたにある天空の月を眺めているけれど、もう間もなく月も沈む」
あみ-さ・す 【網さす】(鳥網(=鳥を取る網)を張る)だから、この場合、月を鳥と見立てて捕獲しようとしている。

大王(おおきみ)は、古代日本における天皇、皇子、皇女に対する尊称とされ、皇子にも許されていたのであろうか?
それでもいいが、ここは、月を天蓋にして、堂々となさっている様子の天皇なのだが、それを支えているのは他ならぬ長皇子

ひさかたの あまきすつきを あみにさし わごおほきみは きぬがさにせり

【追伸】
きぬ-がさ 【衣笠・蓋】:①絹で張った長い柄(え)の傘で、貴人が外出の際、従者が背後からさしかざした。
               ②仏像などの頭上につるす絹張りの傘。天蓋(てんがい)。

智者猫処の食客

ミルクで洗う、【ベルタベビーソープ】があるんよ。
つまり、潤いバリアで、乾燥をしっかりブロック!

まさに赤ちゃん肌の負担に、とことんこだわった。
それこそ、洗いすぎない、泡立てないってわけよ。

濃厚ミルクをサッとひろげて、シャワーで洗い流す。
ミルクの内側の微細な泡が、やさしく洗ってくれる。





智者猫処の居候

NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で、ついに「天が望んだ男」が死んだ。
『吾妻鏡』に記されているように、頼朝(1147-1199)の落馬説をとった。

跡を継いで鎌倉殿となるのは、頼朝の嫡子で当時18歳の源頼家である。
しかし、頼家に代わって、裁判と政務を執行するのは十三人の合議制だ。

しかも、北条時政・北条義時父子は、他の有力御家人を次々と滅ぼしていく。
こうして、善人であろうとなかろうと、頼朝のおさらいのように続いていくのだ。

智者猫の民俗学 阪南町Ⅰ

それは大阪の市が南へ南へ伸びて行こうとして十何年か前までは草深い田舎であった土地をどんどん住宅や学校、病院などの地帯にしてしまい、その間へはまた多くはそこの地元の百姓であった地主たちの建てた小さな長屋がたくさんできて、野原の名残なごりが年ごとにその影を消していきつつあるというふうの町なのであった。吉田の弟の店のあるところはその間でも比較的早くからできていた通り筋で両側はそんな町らしい、いろんなものを商あきなう店が立ち並んでいた。(梶井基次郎『のんきな患者』)

1931年頃、基次郎(1901-1932)は、住吉区王子町2丁目13番地(現・阿倍野区王子町2丁目17番29号)で療養していた。
1932年4月に結婚した詩人、伊東静雄(1906-1953)は、大阪市住吉区(現・阿倍野区)阪南町中3-20に新居を構えている。

基次郎は、3月24日に永眠しており、出会うことはなかったかもしれないが、お盆の地蔵祭りにはすれ違っていたかもしれない。
というのも、この王子町と阪南町の間には、その距離感覚はつかめないけれど、あちこちの各横丁で盛んにおこなわれていた。

かつて子どもの頃の、大きな地蔵堂の記憶をたどってみると、盆踊りでにぎわっていた路地の奥に、あべの観音『無憂庵』があった。
今まで気づかなかったけれど、そこに『願かけ地蔵尊』は顕在ではあったが、当時のお地蔵様かどうかはまるっきり見覚えがない。




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